相続の基礎知識⑪-特別受益 相続時の持ち戻しⅡ-
6 特別受益の存在による相続人間の争い
以下のように、特別受益が存在することが原因となって、相続人間で争いが生じてしまうことがあります。
〔設例2〕
父と長男が、一緒に非上場会社であるA会社を経営しており、A会社の株式10、000株のうち7、000株を父が、残りの3、000株を長男が持っていました。父は年老いたので、長男にA会社の株式全部を贈与し、自分はその経営から身を引いたのですが、その1年後に父は亡くなってしまいました。
父の相続財産として現金1億円があり、父の相続人としては、長男と長女がいました。
遺言がない場合、相続人らによる遺産分割協議が行われます。遺産分割協議では、法律による具体的相続分を基準に、遺産分割を行うことが一般的です。ここで、設例2の長男と長女の具体的相続分を算出する場合、みなし相続財産は現金1億円とA会社の株式7、000株、法定相続分はそれぞれ2分の1ずつということになります。そのため、具体的相続分の算出には、A会社の株式7、000株について、お金に換算した場合の価額を算出する必要があります。
上場会社であれば、市場価額を前提に株式の価額を算出することができます。しかし、A会社のような非上場会社の場合、株式の価額の算出方法が複数あるため上場会社の株式のように簡単ではありません。
その結果、長男と長女の具体的相続分の額がわからないために、これを遺産分割の基準とすることができず、A会社の株式の価額の評価を巡って、遺産分割協議がまとまらない事態が生じてしまうことがあります。
A会社の株式の価額が、算出方法により5000万円から1億円の幅がある場合、長女からは「長男は父からA会社の株式の贈与を受けている。その株式の価額は1億円を下ることはないから、現金1億円については、法律上私が相続することができる。全額相続する内容の遺産分割協議にしか応じない。」と主張されたり、長男からは「贈与を受けた株式の価額はせいぜい5、000万円だから、現金を一切相続できないというのは納得できない。法律にしたがえば、少なくとも2、500万円の現金を相続できるはずだから、現金2、500万円を相続する内容の遺産分割協議にしか応じない。」と主張されたりする可能性があります。
このように生前に非上場株式の贈与が行われた場合、その価額を巡って争いが生じかねません。また、不動産についても金銭的評価に幅があることが多く、同様に争いが生じる危険があります。そのため、非上場株式や不動産の生前贈与を行う場合は、特別受益を考慮した相続対策を行う必要があります。
7 持ち戻し免除
被相続人は、特別受益に該当しうる生前贈与等につき、持ち戻しの免除をすることができます(民法903③)。被相続人は、相続分とは別に贈与をしたいという意思で生前贈与等を行うことがあるためです。なお、持ち戻し免除の意思表示は、明示又は黙示、生前の意思表示又は遺言で行うなど、その方式に制限はありません。
また、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地(配偶者居住権)を遺贈又は贈与したときは、他の相続人によって被相続人に現実に持ち戻し免除の意思表示がなかったことが立証されない限り、その遺贈又は贈与について、被相続人が持ち戻し免除の意思表示をしたものと推定されます(平成30年改正民法903④、1028③、施行日たる令和元年7月1日以降に生じた相続、かつ、同日以降に行われた遺贈又は贈与に限ります)。
夫婦間における居住用不動産の贈与等は配偶者の老後の生活保障のために行われることが一般的であり、被相続人が、自らの死後に特別受益による持ち戻し免除すると考えていることが通常であるためです。
<続く>