相続の基礎知識㉕-遺贈Ⅱ 遺贈の担保責任-
第1 はじめに
前回の遺贈①-遺贈の意義では、遺贈の意義について紹介いたしました。
本稿では、遺贈の担保責任について説明いたします。
第2 遺贈の担保責任
1 民法改正について
平成30年改正民法(令和2年4月1日施行)において売買の担保責任に関する規定が変更されたことを考慮して、遺贈義務者の引渡義務についても改正がされています(改正民法998条)。
改正民法998条本文は、「遺贈義務者は、遺贈の目的である物又は権利を相続開始の時(その後に当該物又は権利について遺贈の目的として特定した場合にあっては、その特定した時)の状態で引き渡し、又は移転する義務を負う。」と定めています。すなわち、遺贈の履行をする義務を負う者(典型的には相続人)は、原則として相続開始時又は特定時の状態で目的物を引き渡せば足りることとなります。
もっとも、998条ただし書きは、「遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。」と規定しています。したがって、遺言者が998条本文において想定されている通常の意思と異なる意思を表示していた場合には、遺贈義務者は、遺言者の意思に従った履行をする義務を負うことになります。
本条の規定を具体的な例で見ると次のとおりです。
2 特定物の場合
取引時に当事者が物の個性に着目したものを特定物といいます。例えば被相続人Aが、Xに対し、それまでAが使用していた甲という車を遺贈する旨の遺言を残して死亡した場合を想定します。Aの相続人BがXに対して甲を引き渡した上で登録手続も完了した後で、甲の電気系統に故障があり修理が必要であることが判明した場合、Bは甲を修理する義務を負うのでしょうか。
結論としては、Aが「甲に故障がある場合には故障箇所を修理してXに引き渡す」といった別段の意思表示をしていない限りは、Bは相続開始時の状態(すなわち、電気系統に故障がある甲の状態)で甲をXに引き渡せば足りることになります。
3 不特定物の場合
不特定物とは、取引時に当事者が単に種類、品質、数量に着目し、物の個性に着目していないものをいいます。例えば、砂糖を販売する業者であったAが、Aの店の隣のレストランXに砂糖100キロを遺贈する旨の遺言を残して死亡した場合を想定します。Aの相続人BがAの店に残った砂糖100キロをXに引き渡した後、Xが砂糖の入った袋を開封したところ、蟻がわいていて使用することができないことが判明した場合、Bは砂糖100キロを追完する義務を負うのでしょうか。
まず、BがXに引き渡した砂糖100キロについて特定が生じているか否かですが、種類物の取引においては契約の内容に適合しない目的物を選定して引き渡しても「特定」の効果は生じないものとされています(潮見「民法(全)」第2版400頁、筒井健夫ほか「一問一答民法(債権関係)改正」266頁)。したがって、BがXに引き渡した砂糖100キロについては特定が生じておらず、Bは別の砂糖を調達する義務を負うとも思われます。
しかし、Aの死亡前からAの店の砂糖全てに蟻がわいており、他に砂糖が存在しない場合に、Bに砂糖の調達義務を負わせるのは酷ですし、そもそもそのような場合には、砂糖が相続財産に属していないものとしてAの遺言は無効と解されます(996条本文)。
したがって、Bは相続時にAの店内に存在した限度で砂糖100キロの引渡義務を負うと解されます。
<続く>