「持株会」とは、参加者が株式の保有を目的として運営する組織をいいます。
この内、会社の従業員が自ら勤めている会社の株式の保有を目的として組成する持株会を「従業員持株会」、会社の役員が当該会社の株式の保有を目的として組成する持株会を「役員持株会」と呼びます。この他にも、会社の取引関係者が当該会社の株式の保有を目的として組成する「取引先持株会」もあります。
持株会の設立は、従業員等に株式を保有させることで、勤労意欲や社業繁栄への気運を高めるとともに、配当金等を交付することで、従業員等の財産形成にも役立ちます。また、持株会の設立は、相続税対策や安定株主の確保など、会社・オーナー側にも大きなメリットがあります。
一方で、従業員持株会の設立・運営には、後述するとおり、法律上・税務上のリスクもつきまといます。
上場会社においては、通常、証券会社又は信託銀行の管理の下、従業員持株会設立当初から制度が整備され、適切な運営がなされていますが、非上場会社においては、IPOを目指す一環として従業員持株会を設立する場合を除き、制度設計が杜撰で、設立後に適切な運営がなされていない場合も多く、相続税対策という目的にのみ囚われ、各種リスクが看過されて従業員持株制度が導入・運用されているケースが散見されます。
従業員持株制度の導入にあたっては、そのメリットを最大限享受しつつ、各種リスクを回避しながら、導入目的に適う制度設計を行うことが重要で、そのためには弁護士等の各種専門家に相談・依頼することを強くお勧めします。
以下では、主としてIPOを予定していない非上場会社における従業員持株会の概要について説明します。
非上場会社における従業員持株制度導入のメリットは複数ありますが、従業員側としては、会社が倒産しない限りキャピタル・ロスが発生せず、配当金や奨励金支給による高利回りの金融商品として運用することができる等、財産形成に役立つことがあげられ、会社・オーナー側としては、従業員の福利厚生に資する制度であり、従業員に経営参加意識を持たせ、経営の活性化に繋がることがあげられます。
また、会社・オーナー側のより実質的なメリットとしては、①相続税対策や事業承継対策に役立つこと、②株式の社外流出の防止や安定株主の創出が図れることの2点が大きく、その他にも株式管理・株主管理の簡素化が図れる点があげられます。以下、各メリットについて説明します。
非上場会社において従業員持株会を導入する最も大きなメリットは、相続税対策・事業承継対策に資することでしょう。
税務上、オーナーが従業員に株式を譲渡する場合の譲渡価額や、第三者割当増資により従業員に新株を発行する場合の発行価額は、通常、相続税評価額よりも低廉な配当還元価額により定めることができます。
そのため、従業員持株会に対して、オーナー保有株式の一部譲渡、第三者割当増資を安価で実行することができ、これによりオーナー保有財産を減少させ(第三者割当増資による場合には相対的に減少させ)、来る相続発生時の相続税の負担を軽減させることが可能となるのです。
また、親族外の従業員に事業を承継させようと考えている場合で、複数の後継者候補がいるときには、後継者候補の従業員を取締役に選任した上で、役員持株会を組成して株式を保有させることで、候補者の経営参加意識を高めつつ、最終的に後継者となる者(オーナー保有株式を譲渡する者)を見定めるための後継者養成場として活用することもできます。
更に、親族外の者で構成される従業員持株会や役員持株会の参加者は、オーナーとの関係性から、通常はオーナーの意向に反する議決権行使や少数株主権行使を安易に行わない傾向にあり、事業承継にとって弊害となり得る株式の分散によるリスクも、他の同族株主に株式を保有させる場合に比して顕在化しにくいとのメリットもあります。
その他にも、種類株式を併用することで、様々なニーズに応じた事業承継計画の重要なツールとなり得る等、従業員持株会は、相続税対策・事業承継対策にとって極めて有用な制度といえます。
従業員持株会の設立にあたっては従業員持株会の運営ルールを定める規約を策定しますが、当該規約上に、組合員の株式や持分の譲渡制限ルール(譲渡先や譲渡価額についての取り決め)を定め、会社・従業員持株会において当該譲渡ルールを合意しておくことによって、株式の社外流出を防止するとともに、価額を巡る紛争の発生を未然に防止することができます。
例えば、持分譲渡の原則禁止や、退会する際に持分相当額の株式を売却する場合には、当該株式の譲渡先を従業員持株会の会員資格を有する者に限定すること等で、会社外の者が株主となることを防ぐことが可能となります。また、退会する際の会員に対する払戻額を当該会員の出資額と同額とすることを予め取り決めておくことで、株式ないし持分の評価を巡っての紛争の発生を未然に防止することもできます。
この点、非公開会社においては、そもそも全株式が譲渡制限株式であるため、株式譲渡にあたって、会社が譲渡を承認しなければ、会社の意図しない第三者に株式がわたることはなく、従業員持株会の制度設計として、株式の社外流出の防止を図る必要はないとも考えられます。
しかし、会社が株主から受けた譲渡承認請求を拒否する場合には、当該会社は、一定の期間内に不承認の通知や買取りに係る通知を発しなければ、当該譲渡を承認したものとみなされてしまう等、時間に追われながらの対応を迫られてしまいます。また、譲渡価額につき株主との間で協議が調わない場合には、最終的に裁判所で株式の売買価格が争われることとなり、時間・費用・労力等の各種コストを要してしまいます。
そのため、従業員持株会設立にあたっては譲渡制限ルールを特別に定め、従業員持株会の保有する株式につき譲渡先や譲渡価額をコントロールできるようにすることは、会社側・オーナー側にとって大きなメリットといえるのです。
もっとも、後述するとおり譲渡制限ルールは、株主平等の原則や会社法上の株式譲渡制限に係る規律、公序良俗との関係で、その効力が問題となりやすい定めですので、当該ルールの採用にあたっては従業員持株会に通暁した弁護士の関与の下、慎重な対応をとることが求められます。
従業員持株会では、会の代表者として代表理事(理事長)を選定し、当該代表理事に各組合員(参加者)が株式を信託する形式を採るのが一般的です。かかる信託方式を採用する場合、組合員が多数に上ろうとも、会社側は、株主名簿上、従業員持株会(代表理事)1名のみを株主として取り扱うことができます。
そのため、多数の従業員個人に対して株式を保有させるよりも、従業員持株会を通じて株式を保有させる方が、増資に関する事務や、株主総会招集通知等の各種書類の発送(通知)等の会社が負担する各種事務手続を簡素化することができます。
また、株主総会に参加できる者は、従業員持株会の各組合員から信託を受けた代表理事1名のみであるため、会社側・経営陣側としては、株主総会自体の運営も簡素化することが可能となります。
従業員持株制度の導入にあたっては、事前に持株会規約案を策定する等して、持株会のルールを決める必要があります。
持株会の制度を設計する際には、持株会の法的性質、株式購入資金の原資の準備方法、持株会の参加資格を有する従業員の範囲、退会清算の方法等、様々な要素について決定していく必要がありますが、一番大事な点は、持株制度を導入する目的を鮮明にして、当該目的に適う制度設計を心がけることです。
以下では、従業員持株制度の設計にあたって考慮する必要がある主立った要素について説明します。
従業員持株会の設立形態には、「民法上の組合」として設立する方法、「法人格のない社団」として設立する方法、「任意団体」として設立する方法の3種類がありますが、税務上その他のコストの問題から、多くは民法上の組合方式が採用されています。
また従業員の参加形態も、参加者全員が組合員となって、組合に株式購入資金を出資する「全員参加方式」と、少数のメンバーが組合員となり労務出資して、一般の参加者の株式投資の代行を行う「少数会員方式」の2種類がありますが、全員参加方式によることが一般的です。
従業員持株会の購入資金の拠出形態としては、組合員が定期継続的に毎月の給与や賞与から一定額を積み立てて株式購入資金を準備する「定時積立方式」、第三者割当増資などにより一時的に相当数の株式を購入するための資金を一括で準備する「一時分譲方式」、あるいはこれらの「併用方式」がありますが、非上場会社においては、通常、発行済株式総数が少なく、またオーナーとしては支配権を維持した状態での従業員持株会の組成を望みますので、支配権に影響を与えない程度のオーナー保有株式の一部譲渡や第三者割当増資によって、従業員持株会設立時や従業員持株会に新たな組合員が加入するタイミングで、参加従業員に株式購入資金を一括で拠出させる一時分譲方式が採用されることが多いといえます。
従業員持株会の参加資格は、全従業員を対象とするもの、契約社員やパートを除く従業員を対象とするもの、一定の役職や勤続年数のある従業員に限定するもの、子会社従業員まで対象を広げるもの等様々考えられますが、重要な点は、従業員持株会の設立目的に沿って参加資格を決定することです。
例えば、専ら従業員の福利厚生、財産形成、経営参加意識の向上を意図して設立する場合には、できるだけ広範な従業員を対象とするのが好ましいといえますし、他方で従業員持株会へ拠出できる株式数が限定されている場合や、親族外従業員への事業承継プロセスとして設立する場合には、一定の地位にある従業員に限定することが好ましいといえます。
なお、従業員持株会の中途退会者については、投機的な従業員持株会への加入を防ぐことに加え、安定株主確保という目的を達成するために、再加入を原則として禁止することが一般的です。
また、従業員であったとしても、大株主と税務上同族にあたる従業員等一定の関係を有する従業員は、配当還元価額で株式を購入すると高額な税負担が発生する場合が多いため参加資格を与えず、同様に従業員としての属性を兼ね備える使用人兼務役員も、会社法上の報酬規制との兼ね合いから参加資格を与えないこととするのが一般的です。
従業員持株会が株式を購入するためには、当然のことながらその資金が必要となります。
株式購入資金の原資としては出資金(積立金)、奨励金、配当金などが考えられます。
株式の取得方法が定時積立方式の場合には、参加従業員の給与の一定額を天引きすることで積み立てることができますので、従業員と会社との間で天引きについての合意が成立すれば、購入資金の準備には特段の問題は生じません。
他方で、株式の取得方法が一時拠出方式の場合には、比較的多額の資金を一括で準備する必要がある上、例え配当還元価額により比較的安価に購入することが可能であるとしても、従業員持株会規約上、最低出資額が定められている場合や株式の評価額の如何によっては、一従業員が出資金を準備することができないことも想定されるため、株式購入資金の準備方法が従業員持株会設立にあたっての一つの大きな課題となり得ます。
そのため、従業員持株会設立にあたっては、会員の資金負担を考慮して、臨時賞与の支給や、会社貸付による資金援助を行う等して、参加資格を有する者が誰でも従業員持株会に参加できるような便宜を会社が取り計らうことも考える必要があります。
なお、会社貸付によって株式購入資金を準備する場合で、無利息で貸付けた場合には、適正利息額分が給与であるとして課税されるリスクや、場合によっては従業員持株会による株式の取得が自己株式の取得であると捉えられる法的リスクがあるため、消費貸借契約書の作成とともに、適正な利息を得ることが肝要です。
非上場会社の従業員持株制度の下では、通常、退職等によって従業員の身分を喪失し、従業員持株会を退会する際には、当該退会者の保有する持分ないし持分に相当する株式を、退会者の出資額と同額で、特定の者(会社や会社の指定する者、従業員持株会など)に対して売り渡す旨を予め従業員持株会規約や会社・従業員持株会間の合意書上で定めることが多く行われています。
かかる譲渡制限ルールは、株主平等の原則や会社法上の株式譲渡制限に係る規律、公序良俗との関係で、その効力が問題となりやすい定めです。 その有効性については、判例・裁判例上、従業員持株会の設立目的の合理性、当該会社株式の市場性の有無、取得価額と譲渡価額との乖離の程度、譲渡ルールについての従業員の認識、配当の実施状況・配当率・配当利回り等の各要素を加味して判断される傾向にあります。
かかる判断要素の内、非上場会社における従業員持株会においては、特に従業員の認識と配当の実施状況等が重要となります。
そのため、譲渡制限ルールの効力が後々否定されることのないように、従業員持株会の発足や運営にあたっては、譲渡制限ルールについて従業員に対して事前に十分な説明を行い、また発足後においては、会社が一定の利益をあげている限りは、配当を実施することが大切であるといえます。
従業員持株制度を導入した場合には、オーナー保有の株式を一部譲渡するにせよ、第三者割当増資により普通株式を発行するにせよ、必然的に元々オーナーが有していた議決権割合が低下することになります。
従業員持株会に株式を保有させるとしても、会社の円滑な経営のためには、会社・オーナー側の安定した支配権・経営権は維持する必要がありますので、定款変更や組織再編といった重要事項において要求される株主総会特別決議の成立に必要な議決権数、すなわち総議決権の3分の2以上の株式についてはオーナー側に残すか、少なくとも過半数の株式はオーナー側に残しておくことが必要です。
また、従業員持株会の設立と同時に種類株式を活用することで、経営権・支配権維持に備えることも検討に値します。
例えば、従業員持株会に保有させる株式を無議決権株式とすることや、従業員持株会を設立する前に、オーナー側に拒否権付株式を発行すること等が考えられます。
なお、従業員持株会も株主であることに変わりはありませんので、各種株主権を行使されるリスクがあります。
キャピタル・ゲインが得られず、議決権が制限され、更には配当も実施されない等、あまりにも不当な従業員持株会の制度設計・運用を行っていた場合には、その独立性が否定される等、税務上・法律上のリスクも高まりますので、従業員持株会の制度設計にあたっては、各種専門家に相談しながら、従業員持株会の本来の目的に適う、バランスの取れた制度設計を行うよう心がけましょう。
従業員持株会を設立させるにあたって、まずは民法上の組合を組成するために発起人を選定するとともに、従業員持株会のルールを定める規約案を策定する必要があります。
続けて、発起人間で「従業員持株会設立契約(組合契約)」を締結した上で、設立総会を開催し、発起人の中から代表理事や監事等の役職者を選任します。 その後、代表者印、持株会ゴム印等の作成、従業員持株会代表理事名義口座の開設を行うとともに、会社・従業員持株会で譲渡制限ルールや守秘義務などを定めた「合意書・覚書」を作成します。
最後に、規約で定められた会員資格を有する者を対象として従業員持株会の制度について説明会を実施した上で、入会手続、出資金拠出、株式取得という一連の流れにより、発足手続が一通り終了します。
なお、先に述べたように譲渡制限ルールの有効性の重要な判断要素として、従業員の譲渡制限ルールについての認識があげられていますので、従業員持株会の制度説明会においては、特に株式譲渡ルールについて十分な説明を行うことが重要であり、弁護士の関与の下、各従業員に対する説明会を実施し、従業員が説明会の内容を十分に理解したことを示す確認書・念書等も作成しておくのが好ましいといえます。
非上場会社における従業員持株会(民法上の組合方式・全員参加方式・一時拠出方式)設立の手続の概要は上図記載のとおりです。
非上場会社の従業員持株会においては、設立後に総会や理事会が開催されず、また配当金が一切支払われない等、従業員持株会が有名無実化している場合も散見されます。
しかし、先に述べたように譲渡制限ルールの有効性の判断要素として、配当の実施状況があげられているため、多額の利益が出ているにもかかわらず無配当を継続していた場合には、後になって当該譲渡制限ルールの効力が否定され、従業員に対して多額の株式譲渡代金を支払わなければならない法的リスクが生じ得ます。
また、従業員持株会が形骸化することで、会社からの独立性を否定され、各種税務上のリスクや、従業員持株会の負担する債務が会社自身の債務であると判断されるリスクも高まる等、多くの弊害があります。
そのため、従業員持株会設立させただけで満足せずに、従業員持株会発足後においても、適切な運営を行うことが肝要となります。
なお、持株会の規約や会社・従業員持株会の合意書において定めることで、会社内部に従業員持株会専用の事務所を設け、会社従業員がその従業員持株会の事務を代行し、あるいは従業員持株会の参加者が追加で株式を購入する場合の資金源として奨励金を交付する等の会社が従業員持株会(参加者)に対して一定の便宜を与えることも可能ですが、利益供与や株主平等原則との関係で他の株主との間で争いが生じるリスクや、税務上のリスクも生じ得るため注意が必要です。
従業員持株会に特別な便宜を与える場合には、社会通念上、従業員の福利厚生の一貫といえる範囲内に留めておく必要があり、弁護士等の各専門家に相談されることを強くお勧めします。